2005年6月19日

6月11日にミュンヘンに着いた後、時差ぼけも抜け切れないまま、13日から15日まではサラエボへ出張しました。サラエボでは爆弾を仕掛けたという匿名電話がホテルにあり、5時間にわたり退去させられました。(今後の記事で詳しくお伝えします)

帰りのルフトハンザ便は機械的なトラブルで、5時間の遅れ。翌日はイスラエル人の訪問者と1日中ミーティング。夜はイスラエル人を夕食に招待。ようやくおとといから平常業務となり、原稿の執筆とHPの更新ができるようになりました。

ミュンヘンは気温が30度まで上がり、真夏の気候ですが、原稿の締め切りは洪水のようにひたひたと足元に押し寄せてくるので、1日コンピューターの前で過ごしました。